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自己の未熟さや愚かさを認めまっさらな自分と向き合おう 第1回:小説家への夢と挫折

まず、私は教育の専門家ではありません。
でも、これから語る話の中から、教育に関わる仕事に何らかのヒントになるようなものを、読者の方に汲み取っていただくことができれば、ここでの私の役目は果たせるかなと 思います。

エンターテイメントの世界への開眼

 「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」のストーリーの原点となったのは、私が愛してやまない野球です。小学校2年の時に軟式の少年野球クラブに入ったことが、私と野球との本格的な出会い。以来ずっと、選手としても観客としても野球との関わりは深くて、人生そのものといってもいいほどです。その体験がなかったら、『もしドラ』は、この世に生まれてこなかったかもしれません。また、私の両親は、教育に熱心で塾にも通わせましたし、とくに母親は絵本や児童文学に興味があって、私は幼い時から本や絵画に親しむ機会にも恵まれていました。なかでも、私の少年の心を感動で満たしてくれたのは、手塚治虫さんや水島新司さんのマンガ。それにドリトル先生やロビンソン・クルーソーの物語、アンリ・ルソーの絵画。どれも強くインスパイアされましたね。その頃から、他人を感動させるもの、楽しくさせるもの、今でいうエンターテイメント的なものへの興味の眼が開かされたのでしょう。思春期を迎える頃には、映画『インディー・ジョーンズ 魔宮の伝説』の迫力に圧倒され、映画はエンターテイメントの王様のように思っていました。毎週末になると、都内の小さな映画館にかかっているかつての名画を観あさったものです。

自分の甘さを知る

 私の出身大学は東京藝術大学(以下、東京藝大)の建築科です。「何故?」って、よく聞かれるのですが、実は両親ともに東京藝大出身で、父親は私と同じ建築科でした。高校1年の進路相談の際に、父親はこんなことを話し出したのです。「仕事先ではいつも『あなたの出身大学はどこですか』と尋ねられる。そこで『東京藝大です』と答えると、みんな一瞬驚いたような表情をする。そして尊敬の念を持って迎えられた」と。つまり、学歴は良いにこしたことはないと。東京藝大卒というのは、ある種特殊なポジションにあって、人生に計り知れない影響力があると、私に諭したのです。当時の私は純朴な少年でしたので、その示唆を真に受け懸命に受験勉強をし、みごと現役合格。でも、このことが大きな挫折につながるのです。それは、入学してすぐのことです。クラスの仲間と歓談していると、誰かが「建築家の中で、誰がいちばん好きか?」と言い出した。果たして私は当時活躍している建築家の名前を誰ひとり挙げることができなかったのです。そこで、自分は建築というものにまったく興味がないことに気付かされたわけです。お分かりのように、しっぺ返しがきたのです。自分がまったく興味のないことを学ぶ学校に来てしまった。そこからの4年間は、なんとなく過ごして卒業証書を手にしたという記憶しか残っていません。

小説家への夢と挫折

 でも、そんな挫折感の真只中で、ガルシア・マルケスの『百年の孤独』という本に出会います。その後の人生の方向を決定づけた一冊といってもいいでしょう。小説でもこんなに他人を感動させるものがあるのかと。映画にもまさるこの壮大なエンターテイメントの世界を知ったときに、死ぬまでに一冊でいいから面白い小説を書きたいという、大きな道標が突然目の前に現れた思いでした。そして大学卒業後、私はクリエイテイブな世界に身をおくことに決め、秋元康さんのもとに弟子入りし、放送作家として働き始めました。そこで、いろいろと紆余曲折はあったのですが、7年間働いた後、あらためて小説家への思いを強くし、29歳の時から3年間に5作の小説を書き上げました。ところが自分では揮身の作品と自信を持っていましたが、なぜか出版社も編集者もまともに扱ってくれない。おかげで、本という形にもできない。この時は、出版社や編集者の無理解に絶望感を募らせ、生きる希望のすべてを失いました。

 すでに年齢は30代にさしかかっていました。もう何をすればいいのか分からなくなっていたそんな時、秋元康さんが救いの手を差しのべてくれ、彼のアシスタントとして働かせてもらうことになりました。そこではアイドルグループ「AKB48」のプロデュースなどに携わりながら、今度は社会というものを学ぶことに。それが『もしドラ』を書く上で大変役に立つことになるのですから、人生とは何が幸いするか分かりません。

いわさき・なつみ

いわさき・なつみ

100万部を超える大ベストセラー『もし高校野球の女子マネージャーがドラッ力ーの『マネジメント』を読んだら(『もしドラ』)』(ダイヤモンド社/刊)の著者。
1968年7月生まれ。東京都日野市出身。
東京藝術大学美術学部建築科卒。
大学卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として「とんねるすのみなさんのおかげです」「ダウンタウンのごっつええ感じ」等のテレビ番組の制作に参加。アイドルグループ「AKB48」のプロデュース等にも携わる。その後、ゲームやウェブコンテンツの開発会社を経て、現在は作家として株式会社吉田正樹事務所に所属。『もしドラ』のほか、ベストセラー作品『甲子園だけが高校野球ではない』(廣済堂あかつき/刊)がある。