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藤原流・教育未来予想図から見る「マネジメント力、ありますか?」

「ネットワーク型経営」で学校を"開く"

藤原和博さんさん  私は2003年から5年間、東京・杉並区立和田中学校で、都内の義務教育分野では初めての民間人校長を務めました。現在は大阪府知事特別顧問という立場で公教育改革に取り組んでいます。

 私が校長時代に、最も力を入れていたことの一つが「ネットワーク型の学校経営」の導入でした。一言で言うと、外部の力を大胆に活用し、子どもたちの学びを豊かにする試みとでも言いましょうか。学校の責任者たる校長として地域のさまざまな資源・人材と積極的に「つながり」を持ち、そのパワーをうまく学校に取り込むことを、一貫して行ってきたわけです。

 このような学校経営を推し進めた背景には、公立学校の機能低下という問題がありました。経済成長を遂げた日本は、いつしか成長社会から成熟社会へ移行し、世の中も、子どもたちも多様化し、複雑化する傾向が色濃くなってきました。つまり、「みんな一緒」の画一的な社会から、「それぞれ一人一人」の社会へと大きく変わったのです。

 本来なら、時代に合わせて公教育のあり方も変化させる必要があったのですが、従来のやり方を踏襲してきてしまった。そのせいで、授業においても一人一人へのきめ細かな対応ができなくなっていました。多様化する子どもたちに、公立学校が十分対応できなくなった結果、「吹きこぼれ」「落ちこぼれ」の生徒を増やしてしまいました。これでは保護者の公教育に対する信頼感も下がる一方です。もはや、学校を鎖国状態にしていてはいけない。そこで「ネットワーク型の学校経営」を推進することにしたのです。

明確な目的を持った「つながり」が奏功


 私が和田中で展開した「ネットワーク型の学校経営」は、机上の空論とはわけが違います。曖昧な言葉を使うのではなく、どういう主体を、どのように学校とつなげて、何を行うか。学力向上にどう結び付けるのか。協力者への報酬はいくらにするのか。そうした点まで、すべて明確にしたわけです。

 中でも和田中の学校経営において、大きな力となったのが「学校支援地域本部」という有償ボランティア組織でした。PTAの元会長に事務局長に就いてもらい、保護者や地域ボランティアを構成員に、学校支援組織として学内に立ち上げました。

 「学校支援地域本部」は、いわば学校と地域との間のコミュニケーションをつかさどる存在。さまざまな学習サポートやプロジェクトも、この組織が中心となり、地域の大人を巻き込んで運営されました。紙幅の関係で、すべての取り組みを紹介することはできませんが、毎週土曜日の午前中に、生徒たちが自主的に、自分の思い思いの勉強を行う「土曜寺子屋」もその一つ。地域の教員志望の大学生がボランティアとして参加し、子どもたちの勉強を見ています。

 子どもたちは、大学生から勉強を含めて、いろいろなことを教えてもらえる。大学生は子どもたちに触れ合い、将来を見据えた修行ができる。宿題の提出率も上がり学校の教師も満足と、いいことずくめなんですね。

 実際、このような活動により校内に活力が満ちあふれ、区内で底辺の状態だった学力が、一気にトップクラスへと上がりました。何よりうれしいのは、私が校長を辞めた現在でも、和田中は高水準を維持していること。今年度の全国学力調査でも、全国平均を大幅に上回る結果を残しているようです。

公立学校と塾の協働。そのシナジー効果

藤原和博さん

 私の任期最後の5年目に、この地域本部を軸にして始まったのが、「夜スペシャル」(以後、「夜スペ」)。塾が中学校の校舎で、生徒の学習指導をするというもので、世間的にも最も有名なプロジェクトになりました。

 発想はいたってシンプルなものです。塾だって、地域の教育資源。それまでも、多様な人材の知識、技術、経験を学校にうまく取り込んできたのですから、塾だけを例外として、そのつながりの輪の中に加えない理由はありません。むしろ、お互いに連携すれば、生徒たちにとってよい刺激になるし、学校も活性化するはずだと考えました。

 ただ、同じ教育に携わる者同士なのに、両者はコミュニケーションも交流も皆無。それどころか、「部活動をすると、受験勉強の時間がなくなるから部活には入らない方がいいよ」なんて、生徒に余計なアドバイスをする塾の講師もいるし、逆に「塾なのに学校よりも宿題を多く出して…」と陰口をたたく学校教師まで出てきます。

 まるで、塾と学校がそれぞれ、生徒の右手、左手をつかんで引っ張り合っているような状態。これは生徒たちの貴重な時間を奪い合っている、非生産的な状況です。

 お互い対峙するよりは、手を取り合った方がどれだけよいか知れません。子どもたちを中心に、両者が同じ方向を見るようになれないだろうか。「夜スペ」を行った目的の一つは、そういったところにありました。

 実際に行ってみて、やはり効果は大きなものがありましたね。これまで能力が高いゆえに、授業に物足りなさを感じていた「吹きこぼれ」グループへの刺激にもなったし、難関高校への受験対策にもなりました。教師にとっても、塾の指導に触れることで、成長の機会を得ることができました。

 一方、どんな家庭状況の生徒であっても参加できるよう授業料を安価に設定したため、塾にとっては「利益」といううまみはありませんでした。でも、PRにもなるし、あまり塾には訪れない成績中・下位者への指導ノウハウを身につけることもできたはず。少子化の影響を色濃く受けざるを得ない業界のため、塾もこれまでのように、均質化したレベルの生徒、言ってみれば指導しやすい生徒のみをターゲットにするわけにはいかなくなる。その意味では、「夜スペ」でレベルがバラバラな生徒たちを実際に教えてみて、指導技術を鍛えたことは大きな財産になったでしょう。

 いま振り返って、あらためて思うのは、校長という存在の重要性ですね。校長のマネジメント力次第で、学校の活性化も、学力向上も果たすことができる。そのことを私自身が実証できたと思います。

教育の移行期に選ばれる塾とは


 いまや教育は移行期のまっただ中にあります。成長社会から成熟社会へ移ったことにより、求められる学力まで変わってきました。これまでのようにいち早く、正確に、一つの正解を見つけ出す「情報処理能力(TIMSS型学力)」だけではなく、自分の考えに照らして納得のいく「納得解」を導き出す「情報編集力(PISA型学力)」も注目されるようになりました。地域の大人も参加し、ロールプレイやディベートなどを駆使して、情報編集力を育てる【よのなか】科の重要性はいよいよ高まっています。

 現在の移行期を通り越して、その後の教育の姿はどうなるか、私は次のように考えています。

 公教育に関しては、マネジメントができる校長の育成が図られるだろうし、民間出身の校長も増えてくるはずです。おそらく10年ほどで公立学校のマネジメント力は着実に上がるでしょう。

 塾もそのありようを大きく変えるでしょうね。もともと塾は、公教育の不足部分を補うところに存在意義がありました。読者の方には少々耳が痛いかもしれませんが、これまで大して努力せず、公教育の「おこぼれちょうだい」という消極的な姿勢であっても、塾が発展できたのはこんな理由があったからだと思います。

 そのせいか、塾の中にも、合理的な経営には程遠いところも数多くあります。あえて厳しい予言をすると、10年後には、塾の多くが淘汰され、その数は半減してしまうなんてことも、まったくの絵空事ではありません。

 しかし、淘汰される塾が増える一方で、マネジメント能力が高く、本物の教育哲学を持ち、単に受験学力だけではなく、PISA型の学習指導まで行える、そんな新しい力を備えた塾も登場してくるでしょう。このような塾は、逆にチャンスが広がります。それこそ、公教育の経営委託まで担うなんてことさえ出てくるかもしれませんよ。

 教育に携わって分かりましたが、子どもたちが荒れる原因の一つは、学校の勉強についていけなくなること。特に小学校の3、4年生の算数の分数で落ちこぼれる場合が多い。もし、絶対に落ちこぼれさせない、高い指導技術を有する塾があるならば、自治体としても任せてみたいと思うはずです。

 これまで公教育の専売特許だった生活指導にも精通し、一人あたりの総経費も安いならなおさら。付加価値を生み出せる塾にとっては、飛躍の機会となるでしょう。

 いずれにせよ、塾の教材開発力と指導力がこれまで以上に求められている。安穏とはしていられない。そんな時代であることだけは確かだと思います。
 

藤原和博さん

ふじはら かずひろ

1955年東京生まれ。1978年東京大学経済学部卒業後、株式会社リクルート入社。
東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任。その後1993年からヨーロッパ駐在、1996年同社フェローとなる。
自ら開発した[世の中]科の実践が話題となり、2003年より5年間、都内では義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校校長を務めた。
食育や読書活動で文部科学大臣賞を受賞。
2008年橋下大阪府知事、府教委の教育政策特別顧問に就任。
著書に「人生の教科書[よのなかのルール]」(宮台真司氏との共著、ちくま文庫)、「つなげる力」(文芸春秋社)など多数。
近著は「家庭で育てる国際学力―新学習指導要領の先まで読む!」(陰山英男氏との共著、小学館)